2019/12/31
「僕」と「俺」がほとんど。「私」は文章を書くときに使うことがある。
お前の一人称何
2019/12/31
今日中に書くブログに書きます
来年の目標はなんですか
2019/12/31
私が言いたいのは、比喩表現をする学問の担い手の人々には欠陥がある、ということです。
>(中略)それは学問が悪いのではなく解説者が悪いということですか? そうです。これは例え話なのですが、「すべての数学書が比喩満載で書かれていてほんの一握りの人しか正しい理解を得られないような世界」があったとしても、その数学体系に誤謬がなければその世界の数学に学問としての欠陥はないと考えます。一方で、その世界は数学書の書き方を改めるべきだと言う主張には賛成します。 > 単に僕は興味がない すみません。前の質問・回答で「比喩を多用する人文系の学問」について「私が知っている学問とは違うな」という言及があったので...(蛇足ながら僕も「比喩が使われる学問」=「人文系」と言うような想定をしているわけではないです)
2019/12/31
男女に能力の差はあります。男に子供は産めません。
男女に能力の差はないんですか?あるいはあるとしてもないことにして選択肢を与えるのがいいんですか
2019/12/31
質問ではない
いつも質問にむかついているように見えます
2019/12/31
質問ではない
現代思想とか精神分析とか比喩の世界で論理が展開されてるよ。 たぶん、科学的な手続きを重視している人が読んだらひっくり返るんじゃないかな。
2019/12/31
人の心が読めるなんてすご〜い!
よく倫理とか政治に言及してるのに人文系の学問に興味ないって嘘でしょ
2019/12/31
実家に帰ったら俺が可哀想なことになるんだよ
なんで年末に実家に帰らないの? 親がかわいそうだよ
2019/12/31
テレビがないので見れない
がきつかみる?
2019/12/31
マジレスすると、賢い大人を見つけてその人とたくさんお話するのがいいと思います。
ぼくはしょうがくせいなんですけど、いまは何を勉強したらいいですか?よかったら、おしえてください
2019/12/31
そうなんですね
常に正しいと言えるのは厳密な前提を置いて議論する数学だけだよって理学部の人が言ってました
2019/12/31
そうなんですか
ウメハラの本ウメハラじゃなくて別の人が文章書いてるらしいよ
2019/12/31
その学問においては「慣習的に比喩が用いられる」が、それは学問が悪いのではなく解説者が悪いということですか? あと僕は"人文系"の学問に欠陥があるとは主張していなくて、単に僕は興味がないと言っているだけです。
ある学問分野の書物において慣習的に比喩が用いられるとして(鯛焼きもそうかもしれないし人生は旅もそうかもしれない)、それの記述法に問題があるとしても学問に欠陥があることにはならないのでは? (もちろん比喩を論拠となるような行為は明らかな誤りだけど、解説の方法としての比喩はその解説者が責められるべきで学問が責められるべきではない)(というかそもそも「人文系では比喩が使われるが〜」みたいな雑な言及が元凶?)
2019/12/31
なぜ?
社会人を経て大学院に行く場合数学の勉強大変そうじゃない?
2019/12/31
すべての人間には等しく価値がない
日本人に生まれただけで価値あるんですか
2019/12/31
Computer Science?
あなたが修めたいと思うような学問ってどんなのなの?
2019/12/30
自分で本買って読めや
ウメハラの本の中で特に感動した梅原の考え方などがあれば教えてください
2019/12/30
「勝ち続ける意志力」とかがいいのでは
ウメハラの本が何冊が出ているのですが、どれを読めばいいんでしょうか?array-sanはどれを読んだんですか?
2019/12/30
今のところその気持ちはない
家を買いたいですか
2019/12/30
基本的に即答してるので質問が溜まることはない。
質問箱答えるの休んでると質問溜まる?
2019/12/30
批判に理がある場合は、その批判を元に自分の主張を曲げるべき。議論はそのためにあるので。 批判に理がない場合は、反論するべき。
議論で自分の主張が批判されると、自分という人間も否定された気分になって落ち込むのですが、どうすれば落ち込まずに済むような考えを持てますか
2019/12/30
とりあえず満足はいってますが、欲しい物がなくなることはないので。。。
社会人になって欲しいものは大体変えましたか
2019/12/30
適量であれば
議論は好きですか
2019/12/30
それトートロジーじゃないです?情報量ゼロ。
すみません、文章がおかしかったですね。「ボールを投げると放物線を描いて落ちるように、X(投げると放物線を描いて落ちる物体)は投げると放物線を描いて落ちます」ならどうですか。
2019/12/30
そもそもその文章は間違っていませんか?投げたときに放物線を描いて落ちない物体は存在します。例えば紙とか。
「ボールを投げると放物線を描いて落ちるように、物体は投げると放物線を描いて落ちます」という書き方も間違った理解を招きますか
2019/12/30
私は、例え話が「安易な理解」をもたらすから問題だと言っているのではなく、「誤った理解」を招くから問題だと言っているのです。
喩え話が論理構成の一部になってはいけないという点に関しては大いに同意します。しかし前の質問者さんが挙げた文言における喩えは恐らく、理解を助けるための(つまりあってもなくてもよい)ものではないですか? その類いの喩え話も、読み手に安易な「理解」をもたらすので現代の学術的な文章では避けるべきなのでしょうが、古典的啓蒙書がその中に比喩を含むがゆえに根拠にかけるとはまた言い難い気がします。
2019/12/30
それは私の知っている、あるいは私が修めたいと思ったことのある学問ではないですね。
比喩の理解がずれているのかもしれないが、人文系の学者でたとえば「〜はいわば現代のモーツァルトだ」みたいな書き方をする人結構いますよ あと精神分析なんかでも法のことを「父」と言い換えてそのまま議論を進めてたりする
2019/12/30
ある物事を、そのすべての詳細を保ったまま別の表現で言い表すことはほぼ不可能だと思います。
そもそもある物事を別の表現で言い表すことは不可能だという立場ですか? それとも不可能ではないがほとんど成功しないということですか
2019/12/30
それって本当に「理解」を助けているんでしょうか?
比喩が「理解の助け」になることはありそう
2019/12/30
質問ではない
比喩って胡散臭いですね